LouisvilleSluggerは100年以上の歴史を持つメ−カ−です!
その歴史を少しずつ紹介したいと思います。

1842年にFrederick Hillerichは家族と共にドイツからアメリカに移民しました。
Hillerich一家はルイスビルに移り住み1856年に木工の店をはじめます。
その後AdamとJohn Andreu(Bud)2人の息子が生まれ後に一緒に仕事をする事になり
会社は成長してゆき1875年には20人の従業員を雇うほどの会社になります。
1880年息子のBudはアマチュア野球をやりながら父の会社の見習いになり
彼やチ−ムメートのバットを作り始めました。
このBudがアメリカ1のバットメ−カ−としての第一歩を歩み始めるのです。
だれが一番初めにバットを作ったか(商品として)野球好きの人々が話すと
今だに議論は尽きないようですが、1884年に若干17歳木工職人見習いのBudが
憧れの選手Pete Browningにバットを作らせてほしいと申し入れて
作ったバットが最初のバットだと言われています。
Browning選手は初めて使った試合で3本のヒットを打ったそうです。

それから商品の良さは口こみで伝わり他のチ−ムからも注文が来るようになりました。
しかし父親はバット作りには関心があまり無かったそうです。
でもBudはバット作りにこだわり続けバットビジネスは大きくなり、
始めのブランド名Faii City Sluggerで知られるようになりました。
やがて商品名は、Louisville Sluggerとなり、1894年に商標登録され
アメリカNO1メ−カ−Louisville Sluggerのスタ−トとなったのでした。  
1905年ピッツバ−グパイレ−ツのスタ−だったHonus Wagner が
最初の契約選手としてサインをしたことはこの会社の成功に
想像を超える影響を与えたのです。

ちなみにあのタイカップは1908年に契約しています。

1911年Frank Bradsbyが仕事に加わりセ−ルスマンとして会社の成功に
絶大な貢献をするのです。1916年Bradsbyは完全にパ−トナ−になり
社名もHillerich&Bradsby.Coとかわりました。
初めのロゴと2番目のロゴ 
会社がここまで来るには障害もありました
1910年火災で工場が全焼 1937年洪水で工場1つと事務所が大打撃にあい
工場を立て直すため休み無く働きBradsbyは身体をこわしてしまいました
この時の苦労が彼の生涯を早めさせたといわれています
1954年ペンシルバニアの材木工場を買い取り大量の材木を供給しつづける
ことを確かなものにしたのです。
Hillerich&Bradsby.Coは1968年にルイスビルのダウンタウンにオフィスを移し
6年後インディアナ州に移りますが1996年にまたケンタッキ−に戻ってくるのです
そう80年代最初のバットが作られた場所からそう遠くない場所へ
   
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